「念仏宗無量寿寺(念佛宗) 静岡別院〜「本堂荘厳」障壁浮彫」

念仏宗無量寿寺静岡別院の本堂は、中国と韓国の伝統技術に優れた芸術家が手掛けた荘厳な根本道場を作り上げています。官能的な鳳凰が舞い、羽衣をなびかせた楽器の精霊が天井の音楽を奏でています。そしてその正面には、荘厳たる阿弥陀如来が御降臨されています。光かがやく本堂は、念仏宗ならではのものといえるでしょう。まさに感じる仏教美術の環境を構築しています。具体的に見ていきましょう。

装飾美術の魅力とは

古くから寺院の寺院の装飾美術は荘厳なものでした。日本ではそのピークを室町期の安土桃山時代であるとしています。いわずと知れた加納永徳がその頂点にいます。長谷川等伯もこの時代ですし、不思議なことにあの戦国の世に日本で最高といわれる装飾美術の最高峰が生まれているのです。生と死との問題を正面から見つめる寺院や伽藍の装飾であるからこそ、究極の緊張感が結実したのかも知れません。ちなみに映像の念仏宗静岡別院の「本堂荘厳」は、仏像を中華人民共和国の木彫芸術大師の黄文寿師、仏具、天蓋、欄間、鳳凰彫刻を同じく中国の木彫芸術大師の好悪丁財師、また彩色を韓国の重要文化財で人間国宝の洪昌源師が担当しています。

動画URL:「念仏宗無量寿寺(念佛宗) 静岡別院〜「本堂荘厳」障壁浮彫」

本堂の装飾を見てみよう

では、映像を見ていきましょう。最初に、松の枝の間を飛翔する鳳凰です。鳳凰のからだは雄々しくというより、むしろ官能的な色彩に彩られています。それがまた妙に生々しいリアリティを鳳凰に与えているのが新鮮です。カメラが引くと、その鳳凰が飛翔する全体の情景がみえてきます。これは複数の松の木があるというのではなく、一本の巨大な松が縦横に枝を張り巡らしその枝の間を鳳凰が飛翔し舞踊っているという風に見えます。この松が世界樹を表しているのではないかと思われます。どの上の欄間にも鳳凰が描かれており、バックが藍色となっているのは、さらなる空の高みの空間であることを示しているのでしょう。場面は変わって仏像がしつらえてある空間となります。本堂でしょうか、まさに絢爛たる金の輝きです。荘厳な仏具、そして荘厳な如来像、金色輝く根本道場は、人に言葉を与えません。ただ見いるのみです。また、金色の仏さまの周囲に侍る色彩豊かな唐獅子にも注目です。黄金の仏像は近づき方い荘厳なオーラを発していますが、こちらの獅子は、なんとなくユーモラスな雰囲気です。色彩豊かな花々も美しく、この色合いは温かみを感じます。そして、欄間はバンジョーでしょうか、中国の古い楽器が設置されています。リンや弁天様の琵琶も見えますね。鉦という楽器を並べたものでしょうか。恐らく叩きわけることで音程を出すことができるのではないかと思います。

本堂の装飾に込められた意味を考えてみる

この本堂で表現されているのは、何でしょうか。天上の音楽が鳴り響くなか、阿弥陀如来の招来した光景かもしれませんね。どこからともなく、何頭もの鳳凰が現れて、天上の旋律にのり世界樹としての松のもとを油画に舞い踊っています。おそらく、鳳凰は天上大旋律の音として登場しているのかもしれません。では、あの唐獅子が何となく間が抜けて見えるのはどういう意味でしょうか。気が緩んでますね。現状では如来さまの護衛役は務まらないでしょう。このように、ストーリーが正しいかどうかはわかりませんが、この映像は様々な解釈ができ、限りなくイメージを広げてくれます。これも、これらの作品を作り上げたアーティストだからこそできる、ひとつの技なのかもしれません。

まとめ

作品のひとつひとつに世界観が詰まっていてそれが総合的に映しだされることで、さらなる世界観が表現されています。素晴らしい芸術は見る人をこそ、芸術家にしてくれる、何だかそんなことをいってみたくなるような映像でした。こんな芸術のなかに埋もれることができるのだとしたら、是非とも直接この目で見て、肌で感じてみたいですね。

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